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汝、その薔薇の名

7.赤燐の盗賊 3


 オークやモミの木の葉陰からアオガラが鳴いて飛び立っていく。
 よく見れば木の実をついばむゴシキヒワもいた。
 ゴシキヒワの顔面は赤黒く、頭部の他の部分は黒と白で彩られていて、背面は赤茶。腹面は白だが、脇腹と胸に淡黄色の斑がある。翼は黒と黄色だ。性的二形がさほど顕著でないため、一見では雌雄の見分けがつかなかった。
 鳥の鳴き声を聴きながら、エリーゼは前方を歩く二人の男を窺った。
 彼らはエリーゼをこの森から連れ出してくれるらしい。エリーゼにとって案内は不必要だったが、せっかくの好意を無下にすることもないとその後をてくてく歩く。
 二頭の馬も従ってくれた。
 エリーゼを乗せてここまで来てくれた大人しそうな馬の手綱だけ持って歩くエリーゼの横には赤毛の馬がゆったりと並ぶ。
 赤毛の馬には馬銜がなかったので、どうしようかと思っていたエリーゼの意図を組んだように大人しく横に並んでくれたので、その首を撫でた。本当に賢い馬だ。
 ピクシーは相変わらずエリーゼの肩にぶら下がり暇そうにしているが時折話しかけてくるので、その度に相槌を返す。
 前を歩いていたサフィアは周囲を気にしながらに歩いているが、ランスは首だけ振り返り話しかけてきた。
「もうすぐだ。この森をこのまま抜けるとノスタルジアに出るぜ」
「でもこの森はノスタルジアの領地には含まれないですよね?」
「あ? あぁ…そのあたりは判断が難しいな。この森はノスタルジアとミッドラン平原の中間にあるんだよ」
「じゃあ逆に向かえばミッドラン平原に出ますね」
「まあな。もう少し北に向かえばモウン山の麓に出る。そこから山岳地帯に入って山沿いに行けばエルダランとの国境に出るし、モウン山を越えればラガンの港町に出るけどな」
「詳しいですね」
「ふらふら旅してりゃあこれくらいを頭に入ってくるさ」
 往々にして見上げるような巨木の間をぬうようにして歩き、ふさふさとした大きな尾が特徴的な灰色栗鼠が、下生えの中に穴を掘ってドングリを埋めている所に出くわしながらも、ゆるやかな傾斜を下りていくと前方に人影が見えた。
 警戒したサフィアを横目にエリーゼは「私の連れです」と説明した。
 まだ距離があったので、ミハエルとマギステル卿はエリーゼに気が付いていないようだ。
 ランスとサフィアの足並みが止まった。
「ならここでお別れだ」
 ランスは猫のようにニッと笑う。
「もう迷子になるなよ」
 エリーゼはお礼を言おうとしたのだが、ランスの足元を見て顔色を変える。
「あの…」
「ん?」
 エリーゼはどう説明したものかと考えたが、結局それ以上口に出すことは控えた。きっと言っても頭がおかしいと思われるだけだろうから。
 その代わり、エリーゼはランスの足元をうようよ嗅ぎまわっていた蜘蛛を思いっきり踏みつぶしておいた。
 いきなりの行動にぽかんとしている男二人に笑顔で「虫がいたんです。害虫が」と言い訳し、ぺこりと頭を下げる。
「なんでもないです。気にしないでください。―――今日は本当にありがとうございました」
「あ、ああ。気にすんなって。困った時はお互いさまって言うしな」
 エリーゼがならず者に絡まれていた時、のんびり見物していただろう事を忘れたのだろうか? この男。
 当人であるエリーゼは気にしていないが、サフィアは矛盾を感じたらしく、無表情ながらも器用に片眉をあげてみせた。
 ミハエルとマギステル卿がエリーゼに気がついた。エリーゼの名を呼びながらこちらに向かってくる。
 それを察したランスは「じゃあな」と片手を上げる。
「もう一人でうろうろするなよ。あんたみたいなお嬢さんは格好の獲物なんだからな、気をつけな」
 ランスはサフィアを連れて森の中に姿を消す。二人があっという間に居なくなると、ピクシーが鼻を鳴らした。
「お節介は身を滅ぼすぞ」
「なんのこと?」
 ピクシーはエリーゼの足元を見た。
 そこにはエリーゼが踏みつぶした蜘蛛の死骸はなく、魔力を帯びた黒い靄が空気中に拡散するところだった。
「術を踏みつぶす人間は初めて見た。害はないのかよ?」
「そう? 私は身近にいたよ? よく足とか手で潰してた。コツがあるんだって。見よう見まねでやってみたけど上手くできてよかった。害はとくにはないみたい」
 ピクシーは少しぞっとしたようだ。
「……それ、いったいどんな人間だ?」
「私の養い親。魔導師」
 エリーゼはぺたぺた自分の身体を触りながら確認する。
「善くないものだった。あの人間たちは気が付いていなかったけど、あのまま連れて行ったら確実に喰われていたぞ」
「うん。悪意があったね」
「あれは一部にすぎないな。あの人間にまとわりついていたものは消えてない」
 どうでもよさそうにぶつぶつ喋るピクシーの言葉に頷き、二人組が姿を消した方向をぼんやりと見つめていたエリーゼにミハエルが突進してきた。
「エリーゼ!」
「ミハエル」
 がしっと肩をつかまれ、がくがく揺さぶられた。
「大丈夫か? 怪我していないか? いったいどこに行ってたんだ?!」
『うおっわっ…と、とと…お、落ちるっ』
「落ち着いてミハエル。私は大丈夫だよ」
 ミハエルの手をやんわりと肩から退かせてエリーゼは落ちそうになっているピクシーを救う。
 遅れてやって来たマギステル卿もエリーゼの姿を見て安堵したように表情を緩めた。
「まったく、いったい何を考えてるんだい? お転婆すぎるのも考えものだよエリーゼ。ファルツ伯爵から君の事を頼まれている私たちの事を少しは考えてくれないかい」
 穏やかなのは顔だけで口からは皮肉が飛んでくる。
「勝手な行動をしてごめんなさい」
 それでも心配してくれたのだ。エリーゼは自分の非を認めた。
 落ち着きを取り戻したミハエルは乱れた髪をかきあげて口を開いたが、ぬっと割り込んできた赤毛の馬を見て瞠目した。
 ミハエルに抗議するようにブヒンと鼻を鳴らす赤毛の馬をエリーゼが慌てて宥める。
「驚いたな…いつのまに仲良くなったんだい?」
 困ったように笑うエリーゼにつられてミハエルも苦笑した。
「ともかく…、無事でよかったよ」
「心配掛けてごめんなさい。今度からはもう少し説明してから行動することにします」
「……、そこはもう心配掛けたりしませんって言うところだろう…?」
 絶句するミハエルの後ろで、にやにやしながらマギステル卿は大げさに天を仰いで見せた。
 ミハエルとマギステル卿と共に戻れば、やきもきしながら待っていたレシンに出迎えられた。
 レシンにも謝罪し、借りていた馬と赤毛の馬を返した。その時、赤毛の馬は少々暴れたがエリーゼの説得――馬に向かって諭すように懇々と話しかけているエリーゼをなんとも言えない表情で周りは見守っていた――によって渋々というように人の手に従った。
 これにはこの赤毛の馬に手を焼かされ続けていた者たちは驚いた。レシンも同様で、エリーゼに「いったいどうやったんです?」と心底感心したように聞いてきた。
 汚れた服を着替えるついでにエリーゼは湯浴みを――手伝いを申し出た女中たちを丁重に断り――済ませた。
 さっぱりとした気分で部屋に戻ると、頼んでおいたビスケットとミルクがテーブルに用意されていた。そのほとんどは既にピクシーの腹の中におさまっていたが。
「おいしい?」
「うまい」
 テーブルの上に座りこみ、もぐもぐとビスケットを頬張りながらピクシーは満足そうにニヤリと口の角を上げる。
「これからどうするつもり?」
「むう…。ゴート・フェルを目指すことに変わりはないぞ。でも、もう少しおまえに付き合ってやってもいいな。おまえは面白い」
「面白いの?」
 食べかすをこぼしながらピクシーはこくりと頷く。エリーゼはテーブルの上にポロポロ落ちるビスケットの欠片を皿の上に片づける。
「あのね、提案があるんだけど」
「?」
「もう少し待っていてくれたら貴方を家へと帰してあげられるかもしれない」
「本当か?!」
「うーん…、たぶん」
「どうやって?」
「私の知り合いがもうすぐこっちに来る時期なんだよね」
「知り合い?」
 エリーゼは窓の外に視線を向けた。
「うん。大烏レイブンなんだけど」
「レイブン…? それって神鳥のことか?」
「神鳥…、まあ、そうなんだけど。本人のがらが悪すぎてあんまり敬えないんだよね…」
 レイブンとは永久の森にいたときからの知り合いだ。定期的に顔を出しては去っていく大烏とは意外に気が合う悪友としてよく一緒に悪戯をしでかしては養い親に怒られた記憶が多々ある。
 神鳥とも尊ばれているレイブンは、風の神シルフィードの子でその大きな翼の羽ばたきにより嵐が起こるといわれている。実際に起こせるらしいがそんなことは滅多にしないと言っていた。普通にあちこち飛び回っている。
 世界中を飛び回っているレイブンは、さまざまな消息と情報を司る神として神格化されており――確かに情報通ではある――国によっては主神と同格に祀りたてられている。それを本人は苦々しく勘弁してほしいと言っていた。
「神と知り合いなのか、すごいな」
「神様というより精霊に近い感じがするけど…お父さんは精霊だって言ってたし」
 エリーゼはこてんと頬杖をつく。
「一年に一回はこの辺りにくるみたいだから、頼めばゴート・フェルまで連れて行ってくれると思うよ」
「神に頼むのか?」
 ピクシーは変な顔になる。
「お願いすれば承諾してくれると思う。柄は悪いけど見かけだけだから。根はとっても優しいもの」
「……優しい? 神が?」
 厳しいの間違いなんじゃないかとピクシーは思ったが、エリーゼが真剣に提案しているようなので心の中にとどめておいた。
 神に頼ることに少々困惑していたピクシーだったが、結局は提案の一つとして受け入れることにしたようだ。
 ピクシーが渋ったのにも理由がある。
 人間とは違う形で、妖精や精霊、そして神には純然とした位があるのだ。それは覆ることのできない壁であり、存在している順位である。
 妖精は自然から生み出され、自然界を支配する精霊は神から生まれた。
 世界で最高位に在位する神に精霊は従い、自然を司る精霊の意向に妖精は背けない。
 妖精の中でもピクシーは下位にあたるので、最高位に属する神に頼るなんて恐れ多い事である。
 エリーゼもそれを知っているから無理には勧めはしなかったが、ダメもとで頼んでみようということで話は決まった。
 扉をノックする音でピクシーとの会話は中断した。入ってきたのはこの館の管理をレシンから任されている年配の女で、名をマゼルという。マゼルはテーブルの上の空になった皿とコップにあらあらと目を丸くした。
「お嬢様、そんなにおなかがすいていらしたのですか? 仰ってくだされば軽食をご用意しましたのに」
 ぺろりとお菓子を完食したのはピクシ―なのだが、エリーゼは黙っておいた。言っても無駄だと知っていたからだ。
「でも食べ終わったのならば、少々よろしいでしょうか」
「どうかしたんですか?」
「ミハエル様がお嬢様をお呼びなのです」
「わかりました」
 エリーゼは椅子から立ち上がりつつ、ピクシ―を見た。ピクシーは行って来いと言うように手を振っている。
「どこに行けばいいんですか?」
「客間でお待ちです。ご案内いたしますわ」
「お願いします」
 エリーゼはマゼルの後をついて部屋を後にした。
 領主の館は石造りの館だった。
 分厚い石でできた家の中は漆喰の壁で、廊下に飾られているのはノスタルジアの風景画だろうか。
 窓からちょっとだけ覗いてみれば、庭には数え切れないほどの花が溢れていた。温室にはまだ実が青い葡萄が垂れ下がっている。菜園もあり、塀に添ってミントも密集していた。
 通された客間には古い家具が置かれ、暖炉の近くの小さな明かり窓にはカーテンを吊るす木のポールがあり、ファルツ伯爵家の館に比べると家庭的な雰囲気がある。
 花柄模様が刺繍で織り込まれた真白い木綿でふかふかに織られたマットがかけられている長椅子には、ミハエルとマギステル卿がくつろいだように座っていた。その正面の椅子にはレシンが向かい合って座っていて、エリーゼに気がつく。
 空いている椅子に座るように促され、エリーゼは着席する。
「丁度よかった。今、お嬢様の馬について話し合っていたところだったのです」
「どうだった? 今回の訪問で気に入った馬はいたかい?」
「どの馬も素晴らしいと思いました」
「君が乗り回した黒鹿毛の馬はどうだい。よく君の言うことを聞いているように見えたが」
「あの馬はとてもいい子だと思います。でも私にはきっと向きません」
 レシンが不思議そうにエリーゼに尋ねた。
「向かないとはまたどうしてですか?」
「優しすぎるからです。無茶な乗り方をするつもりはないですけれど、私に合わせようとすると無理をさせてしまうかもしれない。それが私にも分かるから、私もセーブしながら乗らなければならないでしょう?」
 マギステル卿は顎を擦りながら「なるほどね…」と呟く。
「つまり君の馬術についてこられる馬ではないと駄目だということかい」
「そんなふうに難く考える必要はないんじゃないか?」
「いえ、自分に合った馬というのは大事な条件ですよ」
 レシンは優しい笑みを浮かべてエリーゼを見つめた。
「ではあの赤毛の馬はどうでしょうか? お嬢様の技量についてこられる馬でしょうか?」
 考えてもみなかった提案にエリーゼは驚いてさっと顔を上げる。
「え?」
「パルティアの馬です。まだこれから調教をして馴らさなければいけませんが、訓練が終われば素晴らしい騎馬になるとこは間違いありません」
 エリーゼは困惑した。あの赤毛の馬を馴らすなんてきっと大変な作業になるに違いない。確かに賢く雄々しいあの馬ならば、エリーゼも手加減せずに乗れるだろう。しかし、肝心の馬が乗せてくれるか問題だ。妖精の魔力に抵抗するぐらいの馬だから、そのプライドは山より高いに違いない。そんな馬が人間を乗せてくれるだろうか?
「とても魅力的なお話ですが、あの馬が人を乗せるようになるでしょうか?」
 ミハエルが苦笑した。
「それはノスタルジアの人間に対する侮辱だぞエリーゼ」
「そうそう。馬を世話することにかけてはノスタルジアは一流だ。そこに住む者の根気と粘り強さを甘く見てはいけないよ」
「ごめんなさい。気を悪くしてしまいましたか? そんなつもりで言ったのでは…」
 慌てて謝罪するエリーゼに噴出するミハエルとマギステル卿を、レシンは「お嬢様をからかっては可哀相です」と一睨みした。
「だが、嘘は言っていないだろう?」
 悪戯っ子のように目を輝かせたレシンはエリーゼに視線を戻す。
「ノスタルジアの意地にかけて、あの馬を調教してみせます。そうしたら貰っていただけますか?」
「……ええ、あの馬が私を乗せてくれるのなら…」
 しばし迷ったがエリーゼはそう答えた。
「ああ…、よかった胸のつかえがとれました。断られたらどうしようかと冷や冷やしましたよ」
「どうして私に…? パルティアの馬は貴重なのでしょう?」
「いや、貴重だからと言って我々は出し惜しみはしませんよ。相応しい方に相応しい馬を贈りたいだけです。お嬢様と一緒に帰ってきたあの赤毛の馬は、それまでの様子が嘘だったかのようでした。まるで憑き物が落ちたような。お嬢様と一緒にいる時、あの馬は実に嬉しそうでしたし生き生きとしていましたから、これはもうこの馬にはお嬢様しかいないと思ったのです」
「は、はあ」
「そのくらいにしておけ、レシンの熱意はエリーゼにも伝わったさ」
「エリーゼも、くれると言うのだから貰っておくといい。突っぱねれば逆に恨めしくされるだけだ」
 放っておけばなおも力説するだろうレシンをミハエルが止めた。マギステル卿もケラケラと笑う。自然とエリーゼも笑っていた。
 柱時計の振り子が鳴らす音にレシンが窓から外を窺った。
「おや、話し込んでいるうちにもうこんな時間ですか」
「くつろぎすぎたな…。予定では本日中に王都に戻るつもりだったのだが」
「今から発つとなると、あちらに着く頃には夜中ですよ。夜に街道を走るのは危険です」
「随分と強調するじゃないか、なにかあったの?」
「ええ、最近はとくに」
 レシンの声が一際強みを帯びたことに気がついたマギステル卿が、背筋を伸ばした。
「最近どうもエルダランとの国境付近がきな臭くてなりません」
「エルダランの?」
 ノスタルジアはエルダランとの国境に近いが、隣あっているわけではない。国境には防衛拠点として堅牢な城壁が立てられている。レッド・ボワ城だ。詰めるのはサングリエ騎士団である。
 エルダランはヴィルバーンの同盟国であり国交もある。友好的な国だ。それがとうして?
 ミハエルの疑問に気付いたのだろうレシンは説明した。
「問題なのは国境沿いの山岳地帯を根城にしている山賊たちです」
「山賊? 山賊が一体どう関係してくるんだ?」
「今までの山賊のように統制も取れていないバラバラな賊とはわけが違うのです。それまで個々で活動していた山賊たちならばなんのこともない。騎士団によって取り押さえられるだけです」
「レシンが気にしている賊は違うのか?」
「今まで分散していた山岳地帯の山賊勢力がどうやら纏まりつつあるとか」
「へぇ? それは是非とも詳しく聞きたいね」
 マギステル卿の顔つきが変わった。それを見たミハエルは話が長くなりそうだと内心で嘆息した。
「わかった。ではこうしよう。もう出立するには遅い時間で、賊のことも気になる。だからノスタルジアで一泊することにしよう。どうかなエリーゼ」
「私は構いませんよ」
「よし。その旨をフリードリッヒに伝えたい。伝達を出してもらえるか?」
「すぐに」
 レシンは立ち上がった。
「話の続きは食事をしながら致しましょう。用意させますのでしばらくお待ちください」
 伝達は早くとも日没後何時間かしなければ、フリードリッヒのところに届かない。それでも連絡しないよりはいいとミハエルは言った。
「フリードリッヒのように便利な術は使えないからな」
 こういう時は不便だと愚痴るミハエルにエリーゼは首を傾げる。
 退出したレシンが戻ってくると一同は食堂へと移動した。
 食堂には壁一面に大きな暖炉があって銅の手付き鍋が火にかけられていた。傍には薪篭が置いてあり、マゼルがスープをかき混ぜていた。
 どっしりとしたテーブルを一同が囲むと、マゼルが慣れた手つきで食事を用意していく。手伝おうと思わず立ち上がりかけたエリーゼだったが、隣に座っていたマギステル卿に足を踏まれて浮いた腰を元の位置に戻す。
「痛い…」
「当たり前だよ。踏んだから」
 しれっと言い放つマギステル卿は呆れた視線をエリーゼに向ける。
「いいかい? 君は伯爵令嬢なんだ。ファルツ伯の館と同じように振舞うのは慎みなさい」
「まだ令嬢じゃないのに」
「時間の問題さ。それにここでの君の身分はファルツ伯の令嬢なんだ。敬われ、世話をされることに慣れることだね」
 奇妙な顔になるエリーゼにマギステル卿は再度注意を促した。
「これから公式な場に出席することもあるかもしれない。そんな時どうするんだい? ファルツ伯に恥をかかせるような真似だけはしないでくれよ」
「それは…気をつけます」
「充分気をつけなさい。でなければ私たちの努力が無駄になる。…この場を予行練習だと思えばいい」
 厳しくびしばしやられていたが、ぼそりと付け加えられた言葉にエリーゼはなんだか励まされた気がした。


  

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