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汝、その薔薇の名

5.二つの紅


 エリーゼの目の前には、やたら顔色の悪い男が居た。
 その皮膚の色は蒼白いを通り越して土気色である。
 思わず「貴方、大丈夫ですか」とエリーゼは口に出していた。それに驚いたのはエリーゼの目の前に居た男だった。
 呆気に取られてぽかんとしている。
 それもその筈で、違法の人員売買で買われてきた娘がショックで放心していたと思っていたのにその娘の第一声がそれである。
 土気色の異様に細い身体つきの男はまじまじとエリーゼを見て次に破顔した。
 亡霊のようだった風体がそれで幾分ましになった。
「面白いお嬢さんだ。自分の置かれている立場を理解しているのかな?」
「勿論です。私は、貴方に買われたのでしょう?」
 男は、やはり面白そうに笑った。
「そうだ。頭の回転は良いらしいな」
 エリーゼは部屋の中を見渡した。
 薄い灰色の石壁には彫りの細やかな額縁に入った風景画が飾られ、柱は綺麗に磨かれている。
 天井は曲線を描き、銀のシャンデリアが窓から入込む日差しを反射させていた。敷物一つとっても一目で良質の物だと分かる。
 豪華な部屋だったが華美というわけでもない。自然に配置された上品さだ。おそらくこの家の主が派手な装飾を好まないのだろう。
 エリーゼの様子を観察していた男はにまっと笑った。
「ここが何処だか気になるか」
 エリーゼは素直に頷いた。
「ここは我がファルツ家の館だ。我輩の名はフリードリッヒ・ファルツ。よろしく、お嬢さん」
「よろしくファルツさん。私の名前はエリーゼです」
 フリードリッヒはますます楽しげに身体を揺すった。
「楽しそうだな」
 後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に、エリーゼは首だけを動かしてそちらを見た。
 あの檻からエリーゼを連れ出した人物が部屋へと入ってくるところだった。
 背の高い男だった。先ほどの灯りだけの地下では中性的に見えたが、外のちゃんとした明るい場所で見れば意外としっかりとした体格なのだと分かる。しかし、どこか浮世離れしている雰囲気を纏っていた。永久の森に住んでいる妖精たちとどこか雰囲気が似ている。
 そして何よりその目だ。エリーゼと同じ深紅の瞳を持っているのだ。
 いままで自分と同じ色の瞳をした人間を見たことはない。エリーゼは自身の瞳の色が珍しい事を知っていた。
「互いの自己紹介が済んだところだ。お嬢さん、彼はミハエル・ロマノフト。我輩の友人だ」
「腐れ縁と言え。君はエリーゼというのか」
 ミハエルはフリードリッヒに注釈を入れるとエリーゼを見た。エリーゼが正面から見返すとミハエルは僅かに瞳を揺らした。
 とろりとした紅玉色の瞳が不安げに翳る。
「ではエリーゼ、私の瞳は何色に見える」
 突然の質問にエリーゼは「はい?」と聞き返した。
「だから、私の瞳が何色に見えると聞いてるんだ。先程、君は私を見て『私と同じ目』…そう言ったな?」
「はぁ……まあ、言いましたね」
「私から見れば君の瞳は赤く見える。それもただの赤じゃない。深い紅だ。君には私の瞳もそう見えるのか?」
 真剣に尋ねられた為、その意図は分からなかったがエリーゼも表情を改めて答えた。
「はい。私にも、貴方の瞳は私と同じ深紅に見えますが」
「……やっぱり」
「おやおや、これはまた…」
 ミハエルは片手を額に当てて天を仰いだ。興味津々に二人のやりとりを見ていたフリードリッヒも、僅かに驚嘆したように溜息を漏らした。
 一人だけまったく意味が分からないエリーゼを置いて、ミハエルがフリードリッヒに当り散らした。
「おい、どういうことだこれは! 何故こんな事がおきる」
「むん? 我輩に当たるのは筋違いでは?」
「何処が筋違いだ。私の邪眼を封じているのは君なんだぞ。周りの人間にこの色は見えないんじゃなかったのか?」
「まったくその通りだよ。事実、我輩にはただの茶色に見える」
「なら何故、彼女には見えるんだ」
「そんなことは決まっている。お嬢さんが君のお仲間だからさ。君もそう考えたから買い取ってきたのだろう?」
 口の挟む隙がなかったが、そこでやっとエリーゼは声を上げた。
「あの!」
 男二人は同時にエリーぜに振り向いた。
「ご説明をお願いします」
 目を据わらしてきっぱりと言い切ったエリーぜに、ミハエルとフリードリッヒはお互い顔を見合わせた。気まずそうに咳払いをしてミハエルはエリーぜに椅子を勧めた。
 全員が椅子に腰を下ろすとそれを見計らっていたように従僕が料理をのせたワゴンを押してやってきた。料理は全て作りたてだった。
 温かな湯気と食欲を誘う匂いに、エリーゼのお腹がなった。
 思わずお腹に手を当るとミハエルは紳士らしくそれに気づかない振りをしたが、フリードリッヒはにんまりと笑った。
「お腹がすいているのだろう? 食事をしながら話そうじゃないか」
 今は真っ昼間だった。どれほど眠っていたのかは分からないが、考えれば昏倒されてから日の夜から何も食べていない。エリーゼは嬉々として頷いた。
 従僕が引いてきたワゴンの上からテーブルに料理を移動させる。
 その種類といったら、白身魚の切り身やジャガイモを細い棒状に切って揚げたものから始まり、焼いた鳥の足。殻をむいたゆで卵を胡椒、肉ずくなどで調味した牛のひき肉等で包んで揚げて冷やして輪切りにしたものをレタスやトマトと添えてあるサラダ。
 ざく切りにしたニンニクやタマネギをトマトで煮たスープとニンニクの薫製。
 こんがりと焼いた、豚の首周りの肉で作られたソーセージ。
 角切りのラム、輪切りの玉ねぎとジャガイモを、タイム、パセリ 、胡椒で煮込んだスープに、味付けした豚肉の細切れを包み込んだポークパイ。
 卵と野菜を詰め込んだキッシュ。
 挽肉、タマネギ、ニンジンの微塵切り、胡椒、肉ずくを混ぜてつくった具を薄切りのベーコンと湯通ししたキャベツの葉で包みこみ、トマトスープで煮込んだものまで多様だった。
 どれもこれも美味しそうだ。
「どうぞ、召し上がれ」
 この家の持ち主はフリードリッヒなので、彼のその言葉を聞いてからエリーゼは食べ始めた。それぐらいの礼儀は持ち合わせているのである。
 例え彼が違法な人員売買をしていてもだ。
 食事が始まるとフリードリッヒとミハエルは仰天する破目になった。
 給仕していた従僕も仰天した。
 ぱかっと口をあけたまま、彼らの視線はエリーゼに釘付けとなった。
 エリーゼは黙々と食べ始めたのだが、そのペースの速いこと速いこと。
 飲み込んでいるわけではない。ちゃんと咀嚼しているのだが、一皿をぺろりと食べてしまうのだ。
 細いその身体の何処に入っているんだろう―――勿論胃なのだが―――と思うような大食らいである。
 呆気に取られていた従僕が慌てて部屋から出て行った。おそらくこのままでは食事が足らなくなると察したのだろう。
 エリーゼにとっては滅多にありつけないご馳走である。
 それに食事代は只であるし、違法の人員売買で買われたのだから次にいつ食事ができるか分からない。食べて置けるときに食べておこうというわけである。
 遠慮という言葉を頭からさっぱりと忘れ去ってエリーゼは食べた。次々と皿を空にしていく。
 フリードリッヒはワイングラスを持ったまま、ひくひく肩を震わせて笑いを堪え始めた。
 どうやらエリーゼの如何にもか弱いお嬢さんという風貌と一致しない行動の数々が笑いの壷を刺激したようである。
 ミハエルは唖然としつつも腹が減っていたのか料理に手を付け始めたが、やはりエリーゼの見事な食べっぷりについつい視線がいってしまうようだった。
「これはまいった。食べながら話そうと思ったのだが、そんなに腹が空いていたのなら食べ終えてからにしようか」
「お構いなく、食べていても喋れますので」
 どうしても顔が笑けてしまうのか、引きつらせながらもなんとか言葉を操ったフリードリッヒに、エリーゼはスープを呑みながら平然と喋った。
 物を口に含んでいるはずなのに綺麗な発音だった。食べ物も零していない。
 器用だ。
 フリードリッヒとミハエルは同時に同じ感想を抱いた。
 スープを飲む合間に白身魚の揚げを口に放ったエリーゼがちらりとフリードリッヒを見た。
「質問してもいいですか?」
「うむ。かまわんよ」
「先程話していた目の事についてお聞きたいんですけど。全然話が見えなくて」
「ああ、ミハエルの眼のことか」
 エリーゼは目線だけで頷いた。
 口元をナプキンで拭きながらミハエルが話し出した。
「私の眼は生まれつき少し特殊でね…。本来の色は君が見えるように深紅だ。君と同じね」
「でも他の人には茶色に見えるんですか?」
「ああ、フリードリッヒに抑えてもらっているんだ。これは…、この眼は人にあまりよくない物だからな」
 苦々しく呟くミハエルを不思議そうに見てエリーゼはフリードリッヒに疑問をぶつけた。
「ファルツさんは何故そんなことができるんですか?」
「ファルツ家は代々魔導師の血筋なのだ。我輩にも僅かだがその恩恵がある。それを何処で聞きつけたのかミハエルがふらりとやって来てね、ちょっとばかり困っていたようだから力を貸したのさ。それ以来、我輩たちは友だ」
「端折り過ぎだろ、それ」
「そうかね?」
 魔導師は魔導時代に最も勢力を誇った者たちである。
 古の神々の恩恵を受けた僅かな者にのみ現れる魔力と呼ばれる不思議な力を使用できる人間のことだ。
 グラディウスでは昔から多くの魔導師が生まれる事で有名で、大陸中には今でもその血脈は脈々と受け継がれ、その名残から魔導大国という名を冠しているぐらいである。
 中央大陸へと渡った魔導師の中には、たった六人にしか与えられないという大魔導師の位を授かった者も居る。
 古に勢力を誇った魔導師たちはその力で王の側近くに仕えていた事もあるくらいなのだ。
 もちろん今でも王宮には国王の相談役としてその地位がある。しかし、時代が移り変わると共に魔導師たちは少しずつ世から消えていった。
 権力争いに飽きたのだとか俗世に嫌気がさしたのだとか…。様々なことが囁かれたが真実は定かではない。事実として古の神々たちが神話時代の終焉と共に姿を消していったように魔導師たちは表舞台から次々と姿を消していったのだ。
 今では自ら魔導師と名乗る者はほとんど居ない。居ても占いを営む者ぐらいだがそれはいわゆる箔をつけるといったようなもので所詮は自称である。そういった類は本当に魔導師かどうか怪しいものだ。
 自ら魔導師と名乗っても信じてもらえないのが今の世間であるが、エリーゼは魔導師の家系だと聞いても頷いただけだった。
 侮蔑も嘲笑いもしなかった。
 フリードリッヒは目をきらりとさせ、ミハエルは奇妙な表情を浮かべた。
「お嬢さんは驚かないのだね。それとも戯言だと思って信じていないのかな?」
「まさか、反対です。納得しました。魔導師の方ならそれ相応の準備があれば目くらましシールくらい簡単でしょう?」
 ミハエルとフリードリッヒは驚いて目を丸くした。
「君は魔導師について詳しいのか? まさか…君も魔導師なのか?」
 エリーゼは首をぷるぷると振った。
「私はごく普通の一般人です」
 少々…いや、かなり図太い神経をもった一般人だ。フリードリッヒとミハエルは黙り込んだ。
「私の養い親が魔導師なんです」
「ほう?」
「最近では滅多に魔力は使いませんけど」
「お嬢さんの養い親の名前を聞いてもいいかな」
 エリーゼはにっこり笑った。
「いいですよ。でも真実の名じゃないですから。知っても何も出来ないと思いますけど」
 フリードリッヒは苦笑した。
「いやはや、まいった。どうやらお嬢さんの知識は本物のようだ」
 疑って悪かったと謝罪したフリードリッヒの横からミハエルが勢い込んでエリーぜに尋ねた。
「なら君は、君は邪眼の持ち主か?」
「邪眼…ですか? 聞いたことがないので違うと思いますけど…」
「なんだ、そうか……」
 ミハエルは落胆したように溜息をついた。
「ミハエルは君も邪眼を持っているのではないかと期待したんだ。我輩もそうだろうと思ったのだが、その様子では違うようだ」
「婆様…私の養い親ですけど、婆様から何も聞いてないですし…私は邪眼を持っているわけではないと思います。あの人は私の目が普通と違うなら教えてくれてるはずですから」
 なんだかんだ言いつつも、エリーゼは養い親を尊敬し信頼していた。
「そうか、ではその目の色は?」
「物心ついた時には真っ赤でした。生れ付きかどうかは覚えてないので分かりませんけど」
「ふむう…」
 フリードリッヒはワイングラスを傾けながら考え込んだ。
「あの…邪眼とは具体的にどういったものなんですか?」
「魔力と同じようなものだ」
 気のなさそうに言ってミハエルはポークパイにナイフを入れた。
「魔導師が言葉や媒介を使って魔力を操るのは知っているんだろう?」
「ええ、まあ。力のある魔導師なら媒介すら必要ないんですよね」
「そうだな。それと同じで邪眼は言葉や媒介なしで魔力を操れる。ただ、扱いはとても難しいんだ。ちょっとでも油断すれば一気に力が溢れ出してしまって魔力を使うどころじゃない。一歩間違えれば自分自身が喰われて廃人になってしまう。最悪なのは暴走したら周囲を巻き込むってことだ」
「まあ、目という小さな場所に膨大な魔力のかまりが凝縮しているんだから当然と言えば当然の現象だな」
 フリードリッヒの注釈に嫌な思い出でもあるのか、ミハエルは顔を顰めた。
「自分でも扱いきれなくて、魔導師に縋るしかなかった」
「我輩のところに来たのは正解だったよ。下手に三下魔導師などに捕まったら一生こき使われる事になった筈だ」
「……今でもあまり変わりないと思うがな」
「何か言ったかね?」
「別に、何も」
 視線を泳がせるミハエルを一瞥してフリードリッヒは続けた。
「邪眼は凶眼とも言われる物騒な代物だ。精霊や神々の贈り物とされる祝福や恩恵と違い、ある種の―――つまり呪われた人間がその目に生まれつき持っている魔力だといわれている」
「呪…」
「ある意味ではね。見つめるだけで相手を思うままに服従させたり、家畜を不具にさせたり、あるいは作物を枯らしたりすることができるとされている。強力な邪眼ならば生物を死滅させることすらできると聞くからな。こうした邪眼の攻撃は無作為で、我輩が知る限り邪眼の持ち主はその力を制御できない場合が多い」
「でも…」
 エリーゼの問うような視線を受けてミハエルは「君の疑問ももっともなことだな」と言った。
「私が見つめてもなにも起こらないのは、私の邪眼が完全に封印されている証拠だ」
「安心するがいい。ミハエルの邪眼は我輩が掌握している。我輩の支配下にある以上は無害だ」
 ミハエルはひくりと口元を引きつらせた。どうやら言い方が気に入らなかったらしい。しかし、否定しないところを見るとフリードリッヒによる封印はミハエルにとっては己のプライドよりも重要らしい。
「まあ、フリードリッヒのおかげで普通の人間と同じように生活できるのは事実だな」
 嫌々ながらも認めたミハエルと飄々としているフリードリッヒを交互に見てエリーゼは気がついた。
 二人とも同じ指輪をしている。まったく同じ翠玉の指輪をミハエルは左手の人指し指に、フリードリッヒは右手の中指にはめている。
「なるほど、エメラルドで封印しているんですね」
 エメラルドは正義と不滅の象徴だ。邪呪の防御や危険な術の封印に使うことが多いから、養い親が常に常備していたことをエリーゼは知っていた。
 指輪は封印の証だろう。
 ミハエルが指輪をはめている左手は服従と信頼を象徴して、左人差しは精神的な安定を意味している。人知れず心に誓う事がある者はこの指にまじないをかけることがよくあるのだ。
 フリードリッヒもあつらえた様に同じ細工の指輪をしているが、はめている場所が違う。
 右手は権力と権威を象徴して、右中指には自分の意思を現実に押しとどめておく意味がある。
 つまり、服従と支配の関係を指輪を媒介にして成り立たせているのだ。古の魔導師たちが使い魔との契約で使用した儀式に似ている。
 中央に楕円形の翠玉が埋め込まれた指輪の土台は銀。側面に太陽と唐草の模様が施されている。
 白く輝く金属と呼ばれる銀は、魔力を帯びた武器にも魔力を遮断する防具にも応用できるので魔道具には最適だ。
 唐草は内に込められた魔力を保持してくれる。太陽は突破、大きな変化、認識、新しい心構え、種族と家族、先祖の遺産という意味があるから、もしかしたらフリードリッヒの持ち物なのかもしれない。
 アンティークだと一目でわかるし、大きな一族には代々家に受け継がれていく装飾品が残っている。そういうものには魔力が込められた遺物が多数あるのだ。ファルツ家が魔導師の家系ならばなおさらだろう。
 婆様に聞いていたより、まだ人の中にも古の叡智は息づいているんだ…。
 一人で納得しているエリーゼの発言にミハエルはポークパイを口の中に入れたところだったので、危うく喉に詰まらせるところだった。慌てて、ワインで流し込んだ。
 フリードリッヒはかっくんと顎を落とした。手に持っていたチーズの欠片がテーブルにぽとんと落ちる。
 エリーゼは唖然とする男二人を余所に従僕が新しく運んできた料理に手を付け始めた。
 タマネギとジャガイモを、パプリカで味付けしただろう炒め物だ。それと挽肉、トマト、玉葱に刻んだゆで卵、パセリのみじん切り、メギの実を混ぜた具を包んだパン。熱々で頬がとろけるほどおいしい。
 この館の料理人を是非ともお嫁さんにしたいとエリーゼは思っていたが、行き成り響いた奇声に驚いて顔を上げた。
 声を高らかに上げたのはフリードリッヒだった。彼は身体を曲げてぴくぴくしている。舌鼓をうっていたエリーゼは口を動かしながら目を丸くした。
 フリードリッヒは「ひーっ」とか「もうだめだ」とか、笑声の間に奇声を発している。
 腹を抱えて爆笑するフリードリッヒを見て、エリーゼは見かけによらず笑い上戸な人だと感じ入った。
 未だに収まらない笑いの発作を懸命に抑えようとしているが、まったく無駄だった。それでもフリードリッヒはテーブルに片手を置いて、笑い転げそうになるのを耐えながら顔を上げた。
「素晴らしい。こんなに笑ったのは我輩生まれて初めてだ」
「はあ…、そうですか」
「気に入ったぞ。我輩、お嬢さんに決めた。今、決めた」
 フリードリッヒはミハエルににやりと笑いかけた。
「ミハエル、よくぞ見つけてきてくれた。これ以上の逸材はいないぞ」
 ミハエルはごほっと噎せながら声を上げた。
「フリードリッヒ、ほ、本気か?」
「我輩は本気だとも」
「そ、そうか…君が決めたなら私は別に反対はしない。まあ、彼女なら心配なさそうだ」
 ミハエルは微妙な表情でエリーゼを見た。何故か同情されているような気がする。エリーゼは「はて?」と首を傾げた。
 炒め物の皿を綺麗に空にしたエリーゼは訝しげにフリードリッヒとミハエルを見比べた。
「あの、何を決めたんですか?」
 フリードリッヒは、エリーゼを見つめてにまぁと笑った。
 本家本元の亡霊も裸足で逃げ出すような笑顔だ。
「お嬢さん、エリーゼ」
「はい」
「喜びたまえ、我輩の養子は君に決定だ!」
「……………はい?」
 もぐもぐと口を動かしていたエリーゼは、具材を包んだパンをごっくんと飲み込んでから盛大に眉を寄せた。


  

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